令和2年10月から「年末調整の電子化」がスタートし、今までの年末調整がアナログからデジタルへと大きく変わります。
そこで今回は新たな制度「年末調整の電子化」について、まずは全体像を解説し、次に各ステップの詳細とメリット・デメリット(導入にあたっての課題、注意点)について解説していきます。
年末調整の電子化とは/全体像
今までは保険会社から郵送された控除証明書のハガキを勤務先から配付された控除申告書の用紙に手書き・手計算して勤務先に提出していましたが、電子化されると保険会社からは控除証明書がデータでマイナポータルに送られ、従業員はそのデータを自分のスマホに年調ソフトを使って取込み、自動入力・自動計算され、勤務先にメールするかたちになります。
今までボールペン・電卓を使って「紙で手作業(アナログ)」だった年末調整が電子化後はスマホ、パソコン・年調ソフトを使って「データで自動化(デジタル)」されるようになります。全体像は以下のようになります。
年末調整手続の流れ (当事者) | 電子化前 ボールペン、電卓、ハンコを使って 紙で手作業 | 電子化後 スマホPC、年調ソフト、マイナンバーカードを使って データで自動化 |
①控除証明書の取得 (保険会社等⇒従業員) | ハガキで取得 (郵送で) | データで取得 (マイナポータル連携、ダウンロードで) |
②控除申告書の作成 (従業員) | 用紙で作成 (手書き、電卓で) ・住所、氏名等毎年手書き、押印必要 ・①を用紙に転記で手書き、手計算 | データで作成 (国税庁年調ソフト、勤務先給与ソフトで) ・住所、氏名等翌年自動入力、押印不要 ・①をデータ取込で自動入力、自動計算 |
③控除証明書、控除申告書の提出 (従業員⇒勤務先) | ハガキ、用紙で提出 (手渡し、郵送で) | データで提出 (メール等、USB等、社内LAN等で) |
④控除申告書の給与ソフトへの取込 (勤務先、会計事務所) | 用紙を手入力 (勤務先給与ソフト、会計事務所ソフトで) | データ取込で自動入力 (勤務先給与ソフト、会計事務所ソフトで) |
以下で各ステップの詳細とメリット・デメリットについて解説します。
控除証明書のデータ取得/マイナポータル連携等
データ取得に対応している控除証明書
データ取得に対応している控除証明書は今現在以下の4つです。社会保険料控除証明書、小規模企業共済等掛金払込証明書はまだ対応していません。また今現在全ての保険会社等がデータ取得に対応しているわけではありません。
- 生命保険料控除証明書(保険会社)
- 地震保険料控除証明書(保険会社)
- 住宅借入金等特別控除証明書(税務署)
- 住宅取得資金に係る借入金の年末残高等証明書(金融機関)
データ取得の方法
控除証明書をデータで取得する方法は「マイナポータル連携」と「保険会社等HPからダウンロード」の2通りあります。
マイナポータル連携(マイナンバーカード必要)
政府が運営するオンラインサービス「マイナポータル」を利用して控除証明書データを取得する方法です。初期設定が必要ですが、設定後は各保険会社等の控除証明書データを自動で一括取得出来るようになります。ただしマイナンバーカードが必要になります。
- 保険会社等⇒民間送達サービス(MyPost、e-私書箱)⇒マイナポータルに各保険会社等の控除証明書データが自動で集まる
マイナポータル連携の初期設定
- マイナポータルの開設
- 民間送達サービスの開設(マイナポータルの「もっとつながる」メニューから)
- 民間送達サービスと保険会社等を紐づけ(保険会社等の「マイナ手続きサイト」から)
マイナポータル利用に必要なもの
- マイナンバーカード(マイナポータルログイン時の個人認証に必要)
- マイナンバーカード読取対応のスマホ又はパソコン・ICカードリーダライタ(マイナンバーカードの読取に必要)
マイナポータル連携について詳しくは以下の記事をご覧ください。
便利!マイナポータル連携とは?始め方(事前準備)
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保険会社等HPからダウンロード(マイナンバーカード不要)
保険会社等ホームページからダウンロードして控除証明書データを取得する方法です。マイナンバーカードは必要ありませんが、各保険会社等の控除証明書データを自動で一括取得できません。毎年、保険会社等ごとにホームページにアクセスして控除証明書データをダウンロードしてこなければなりません。ですのでこの方法は従業員がマイナンバーカードを持っていない場合や保険会社等がマイナポータル連携に対応していない場合に限定されると思います。
参考:マイナポータル連携可能な控除証明書等発行主体一覧(国税庁)
メリット
- 控除証明書のデータ取得によって後述する国税庁年調ソフトのデータ取込機能を使った控除申告書の自動入力と控除額の自動計算が可能になります。それによる負担軽減は以下の通り。
・手書きが不要になる
・手書きによる申告書への転記ミスがなくなる⇒勤務先でのチェックが不要になる
・手計算による控除額の計算ミスがなくなる⇒勤務先でのチェックが不要になる - 控除証明書紛失による再発行が不要になる。
デメリット(課題・注意点)
- 当面、紙とデータが混在し両方に対応する必要がある(データ取得に対応していない控除証明書、保険会社等がある為)
・控除証明書がハガキの場合⇒年調ソフトに手入力⇒勤務先にハガキを提出⇒入力チェック必要⇒ハガキで保管
・控除証明書がデータの場合⇒年調ソフト自動入力⇒勤務先にデータを提出⇒入力チェック不要⇒データで保管 - マイナポータル連携に2か月ほどかかる(マイナンバーカード取得に1か月、民間送達サービスの開設などに1か月)
控除申告書のデータ作成/国税庁年調ソフト等
データ作成に対応している控除申告書
全ての控除申告書をデータで作成できます。
- 扶養控除等申告書
- 基礎控除申告書※
- 配偶者控除等申告書
- 所得金額調整控除申告書※
- 保険料控除申告書
- 住宅借入金等特別控除申告書(平成30年以前取得、重複適用は年調ソフト未対応)
※基礎控除申告書、所得金額調整控除申告書は令和2年分年末調整の改正で新たにできました。令和2年分年末調整の改正について詳しくは以下の記事をご覧ください。
年末調整2020年【改正完全マスター】所得金額調整控除、ひとり親控除等
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データ作成の方法
控除申告書をデータで作成する方法は「国税庁年調ソフト」と「勤務先給与ソフト」の2通りあります。
国税庁年調ソフト
国税庁が無償提供する「国税庁年調ソフト」を使って控除申告書データを作成する方法です。従業員が自分のスマホやパソコンに「国税庁年調ソフト」をインストールして控除申告書データを入力します。勤務先のパソコンのどれか1台に「国税庁年調ソフト」をインストールして従業員ごとにパスワードを設定して複数の従業員で使うことも出来ます。
基本的に入力支援機能で簡単に作成出来るようになっています。また使い方が分からないときはヘルプデスクに問合せ出来るようになっています。
国税庁年調ソフトは令和2年10月公開予定です。プロトタイプ版が公開されていますので試しに使うことが出来ます。
国税庁年調ソフトの「ダウンロード」と「操作マニュアル」に関してはこちら(国税庁ホームページ)
勤務先給与ソフト
勤務先の「給与ソフト」を使って控除申告書データを作成する方法です。クラウド型給与ソフト等、従業員がスマホやパソコンで勤務先の「給与ソフト」にログインして控除申告書データを入力します。
クラウド型給与ソフト等は既に控除申告書の一部電子化に対応しており「マイナポータル連携」など控除証明書データを取込む機能が追加されれば完全電子化対応になります。従業員が勤務先の給与ソフトに直接控除申告書データを入力するので「国税庁年調ソフト」と違い勤務先に控除申告書データをメールして勤務先でそれを給与ソフトに取込むという手間が省けます。
以下この記事では「国税庁年調ソフト」を使った場合を前提に解説します。
メリット
ソフトで控除申告書を作成するので以下のように効率化される。
- 入力支援機能に従って入力できる、ヘルプデスクに問合せできる⇒勤務先への問合せが減少する
- 住所・氏名等の情報は最初入力すれば翌年以降は引継がれて自動入力⇒毎年同じ住所・氏名等の手書きが不要になる、押印も不要
- 保険料控除は控除証明書データ取込機能で自動入力・自動計算⇒手書き・手計算が不要になる(それによる負担軽減は上述の控除証明書のデータ取得のメリットの通り)
デメリット(課題・注意点)
- 国税庁年調ソフトで印刷提出する場合、以下の点に注意。
・データの羅列で印刷されるので税務署配付の控除申告書よりも逆に枚数が多くなりかさばる(プロトタイプ版では扶養控除等申告書5枚、保険料控除申告書3枚など。扶養控除等申告書A4縦2枚で扶養親族が増えると枚数が増える)
・データ取得した控除証明書を国税庁のホームページでQRコード付証明書にして勤務先に印刷提出しないといけないので逆に手間がかかる
控除証明書、控除申告書のデータ提出/メール等
データ提出の方法
以下のいずれかの方法で提出します。
- インターネット経由のメール等で送信(電子署名を付すかパスワードをかける必要があります)
- USBメモリ等に保存して提出(電子署名を付すかパスワードをかける必要があります)
- 社内LAN等で勤務先と従業員のみアクセスが可能な領域に控除申告書データを保存
- 社内LANにログインしメール等で送信
データ提出の手続(令和3年度改正で申請不要に)
控除申告書をデータで提出を受けるには税務署に「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請書」を提出し承認を受けなければなりません。申請書を提出した月の翌月末日までに承認または却下の通知がなければ、その申請書を提出した月の翌月末日に承認があったものとみなされます。
令和3年度改正で税務署への申請が不要になりました。(令和3年4月1日以降に控除申告書をデータで提出を受ける場合は「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請書」の提出は不要です。ただし、以下の2つの措置はデータ提出を受ける為の要件として残っています。)
なお承認を受ける為には以下の2つの措置を講ずる必要があります。
(承認を受ける為に必要な措置)
- データ提出の方法を定めておく(メール等、USB等、社内LAN等)
- データ提出が従業員本人からのものか確認できるようにしておく(電子署名、IDパスワード)
メリット
- テレワークや再提出の場合でもメール等で迅速に提出できる。
- データで保管できるので紙での保管に比べ保管コストを削減できる。
デメリット(課題・注意点)
税務署に申請書を提出して承認を受けるのに1か月ほどかかる。令和2年10月から電子化するには令和2年8月中に申請書を提出する必要がある。
控除申告書の給与ソフトへのデータ取込/勤務先ソフト等
データ取込のソフト改修
従業員から提出された控除申告書データを給与ソフトに取込むためには給与ソフトの改修が必要になります。
また年末調整を会計事務所に依頼し控除申告書データで渡す場合も会計事務所側ソフトがデータ取込に対応している必要があります。
その為ソフト会社に「年末調整の電子化に対応する為のバージョンアップ(国税庁年調ソフトで作成した控除申告書データを取込む機能の追加)」の有無と時期について確認する必要があります。会計事務所との連携も必要になります。
(当事務所で使っているJDLの年末調整システムは10月下旬に電子化に対応予定とのこと⇒令和2年10月27日電子化対応バージョンアップ完了。年末調整システムに「国税庁年調ソフト出力ZIPファイル」をドラッグ&ドロップ⇒「取込開始」クリック。という仕様になってました)
メリット
- 控除申告書のデータ取込で自動入力になり入力する手間と入力ミスがなくなる。
デメリット(課題・注意点)
- ソフト会社のバージョンアップの有無に左右される。もし勤務先給与ソフトや会計事務所側ソフトがデータ取込に対応できない場合、電子化できないか一部しか電子化できない。
・電子化できない場合⇒控除証明書/ハガキ取得、控除申告書/税務署配付用紙提出
・一部電子化の場合⇒控除証明書/データ取得、控除申告書/国税庁年調ソフト印刷提出※
※上述した国税庁年調ソフトのデメリットの通り印刷提出する場合、申告書枚数が多くなりかさばる。QRコード付証明書作成の手間がかかる。 - ソフト会社のバージョンアップの時期にも左右される。バージョンアップが遅い場合、令和2年分からの電子化は準備が間に合わない可能性も。その場合令和3年分からの電子化も選択肢の一つ。
年末調整の電子化に関する情報リンク
国税庁のホームページから年末調整の電子化に関する以下の情報を入手できます。
- 概要、メリット、準備
- パンフレット・・・勤務先での準備、従業員への案内に使えます。
- FAQ・・・詳しく調べるときに使えます。
- マイナポータル連携・・・準備方法が載っています。
- 国税庁年調ソフトダウンロード・・・令和2年10月公開
予定、プロトタイプ版公開中 「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請書」
リンク:年末調整手続の電子化に向けた取組について(国税庁ホームページ)
まとめ
いかがだったでしょうか?年末調整の電子化はマイナポータルなど政府が推進するデジタル化政策の一つです。今後ますます便利になっていきます。生産性の向上の為にも積極的に導入を検討しましょう。導入にあたっては上述の通り各当事者の対応状況(保険会社等、従業員、勤務先、ソフト会社、会計事務所)や時間的な問題(マイナポータル連携、税務署手続、ソフトバージョンアップ)などを考慮しながら進めるようにしましょう。