本来消費税の還付を受けられない居住用賃貸マンションをめぐる度重なる租税回避と消費税の改正。ついに令和2年度改正で還付禁止という形で決着しました。
今回はそんなマンションに関し次々に繰り出された租税回避スキームとそれを封じる為に行われた調整対象固定資産と高額特定資産に関する改正について、消費税の還付の基礎知識とあわせまとめておきます。
目次
消費税の還付の基礎知識
消費税の調整対象固定資産と高額特定資産に関する改正は、主に本来還付を受けることが出来ない居住用賃貸マンションの租税回避スキームを封じる為に行われてきました。
まずは、租税回避スキームとそれに対する改正を理解する為に消費税の還付の基礎知識について解説しておきます。
還付を受けられるケース
消費税は「売上に係る消費税(預った消費税)-仕入に係る消費税(払った消費税)」で計算しますが、「売上<仕入」のとき還付になります。
主に建物を取得したときなど高額な設備投資をしたときに「売上<仕入」となり還付を受けられます。
還付を受けられる事業者
消費税の事業者は以下の3つに分類されますが、このうち還付を受けられるのは原則課税事業者だけになります。
還付を受けられる事業者
- 免税事業者→納税も還付もない
- 簡易課税事業者→売上消費税-仕入消費税(概算計算:売上消費税×みなし仕入率90%~40%)→必ず納税になるので還付はない
- 原則課税事業者→売上消費税-仕入消費税(実額計算)→「売上<仕入」の場合還付になる
還付を受ける為には、まず課税事業者になって原則課税で計算する必要があります。
還付を受けられる設備投資
設備投資でも店舗、事務所、工場など課税売上に対応する建物は還付を受けられますが、居住用賃貸マンション※など非課税売上に対応する建物は基本的に還付を受けられません。また医療施設、介護施設など課税売上と非課税売上に対応する建物は課税売上対応分しか還付を受けられません。※居住用賃貸建物は令和2年度改正で仕入税額控除、還付が禁止になりました。
消費税の取扱いを順番に見ていきます。
消費税の計算で「売上に係る消費税」から「仕入に係る消費税」を控除することを「仕入税額控除」と言いますが、原則課税で仕入税額控除の対象になるのは課税仕入(消費税がかかる仕入)のうち「課税売上に対応」するものだけになります。
仕入税額控除できる課税仕入
- 「課税売上に対応」する課税仕入→仕入税額控除できる
- 「非課税売上に対応」する課税仕入→仕入税額控除できない
参考
- 払った消費税(課税仕入)を次の事業者・消費者に転嫁できる(課税売上で消費税を預かって納税できる)場合はその事業者は最終消費者ではないので仕入税額控除できます。
- 払った消費税(課税仕入)を次の事業者・消費者に転嫁できない(非課税売上で消費税を預かって納税できない)場合はその事業者が最終消費者として消費税を負担(仕入税額控除できない)することになります。
仕入税額控除をする為に課税仕入を「課税売上に対応」するものと「非課税売上に対応」するものに分類しなければなりませんが、以下の3つの計算方法があります。
仕入税額控除の計算方法
- 個別対応方式
- 一括比例配分方式
- 全額控除方式
1.個別対応方式は課税仕入を売上との対応で以下の3つに分類して課税売上対応分を計算する方法です。
個別対応方式
- 「課税売上にのみ対応」の課税仕入→全額仕入税額控除できる
- 「非課税売上にのみ対応」の課税仕入→全額仕入税額控除できない
- 「課税売上と非課税売上に共通対応」の課税仕入×課税売上割合→課税売上分仕入税額控除できる
建物の具体例。建物取得時は課税仕入で消費税がかかりますが、建物の用途によって仕入税額控除できるものと、できないものに分かれます。
- 店舗※→店舗売上(課税売上)→「課税売上にのみ対応」の課税仕入→全額仕入税額控除できる ※預金利息も含め非課税売上もある場合は以下の「共通対応」
- 居住用賃貸マンション→住宅家賃収入(非課税売上)→「非課税売上にのみ対応」の課税仕入→全額仕入税額控除できない
- 医療施設、介護施設→自由診療、介護保険外収入(課税売上)、保険診療報酬、介護保険収入(非課税売上)→「課税売上と非課税売上に共通対応」の課税仕入×課税売上割合→課税売上分仕入税額控除できる
2.一括比例配分方式は課税仕入を分類しないでひとまとめにして課税売上割合を乗じて課税売上対応分を計算する方法です。
一括比例配分方式
- 課税仕入×課税売上割合→課税売上分仕入税額控除できる
建物の具体例。店舗、居住用賃貸マンション※、医療施設、介護施設と用途別に分類せず一括して「建物×課税売上割合」で計算します。※居住用賃貸建物は令和2年度改正で仕入税額控除、還付が禁止になりました。
3.全額控除方式は課税売上高5億円以下かつ課税売上割合95%以上の場合、ほぼ課税売上で非課税売上はごく僅かであることから課税仕入を全て課税売上対応分として全額控除できる計算方法です。
全額控除方式
- 課税仕入(×課税売上割合100%)→全額仕入税額控除できる
建物の具体例。店舗、居住用賃貸マンション※、医療施設、介護施設の用途にかかわらず全額控除できます。※居住用賃貸建物は令和2年度改正で仕入税額控除、還付が禁止になりました。
還付を受けても3年後に返納という事もある!
調整対象固定資産の課税売上割合が著しく変動したときの仕入税額控除の調整(3年目の調整計算)
建物など固定資産の仕入税額控除を課税売上割合を使って計算した場合、その後課税売上割合が著しく変動した場合の仕入税額控除の調整計算の規定が設けられています。
建物のように長期間にわたって使用される固定資産については取得時の課税売上割合だけで仕入税額控除を決定してしまうのはその後課税売上割合が著しく変動した場合に適切ではないという理由からできた規定です。もともと租税回避を防止する為にできた規定ではありません。
取得後3年間の課税売上割合を見て著しく変動した場合、3年目に仕入税額控除を加算減算して調整します。「3年目の調整計算」と言います。
3年目の調整計算の要件
- 調整対象固定資産(注1)を取得
- 調整対象固定資産の仕入税額控除を比例配分法(注2)で計算
- 課税売上割合が著しく変動(注3)
- 第3年度の課税期間(注4)が原則課税の場合(免税事業者、簡易課税の場合は調整計算なし)
(注1)調整対象固定資産・・・税抜100万円以上の固定資産
(注2)比例配分法・・・個別対応方式の共通仕入×課税売上割合、一括比例配分方式、全額控除方式
(注3)課税売上割合が著しく変動・・・仕入課税期間以後3年間の通算課税売上割合が仕入課税期間の課税売上割合と比較して著しく変動(変動率50%以上かつ変動差5%以上)
(注4)第3年度の課税期間・・・仕入課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間
上記要件に該当するときは以下の「3年目の調整計算」を行います。
3年目の調整計算
- 通算課税売上割合が著しく増加した場合、以下の金額を3年目の仕入税額控除に加算
調整対象固定資産に係る消費税×(通算課税売上割合-仕入課税期間の課税売上割合) - 通算課税売上割合が著しく減少した場合、以下の金額を3年目の仕入税額控除から減算
調整対象固定資産に係る消費税×(仕入課税期間の課税売上割合-通算課税売上割合)
著しく減少した場合の具体例。建物取得に係る消費税100、取得期の課税売上割合100%、3年間の通算課税売上割合40%
取得期の仕入税額控除100×100%=100
3年目の仕入税額控除100×(100%-40%)=60を減算
取得期に100還付を受けても3年目の調整計算で60返納になり、最終的な還付は40と通算課税売上割合に調整されます。
調整対象固定資産の仕入税額控除の調整について詳しくは以下の記事をご覧ください。
消費税!調整対象固定資産の仕入税額控除の調整!
消費税では固定資産の取得に関してちょっと注意が必要です。仕入税額控除の調整という規定がある為取得して終わりではないからです。 そこで今回は調整対象固定資産に係る仕入税額控除の調整について解説します。 ...
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以上消費税の基礎知識を踏まえて以下居住用賃貸マンションを中心に租税回避スキームとそれに対する改正を解説していきます。
自販機スキーム
本来消費税の還付を受けられない居住用賃貸マンションに関し消費税還付を受ける租税回避スキーム。
課税事業者になる
まずは免税事業者では還付を受けられないので課税事業者になります。
「消費税課税事業者選択届出書」を出すか、資本金1千万円以上の法人を設立して課税事業者になります。
還付を受ける(100%還付を受ける)
居住用賃貸マンションは個別対応方式だと「非課税売上にのみ対応」の課税仕入で仕入税額控除出来ません。一括比例配分方式でも通常は駐車場収入など課税売上がなければ課税売上割合0%(非課税売上100%)で仕入税額控除出来ません。もちろん全額控除方式も使えません。前述の通りマンションは基本的に消費税還付を受けられません。
ですが課税売上割合で計算する一括比例配分方式の場合、マンション以外に他に課税売上があれば課税売上割合分仕入税額控除出来ます。更に課税売上割合が95%以上なら全額控除方式で全額仕入税額控除出来ます。そこで以下の方法が考え出されました。
1期目が終わりそうなタイミングで建物の完成引渡を受け、自販機を設置します。
これによって1期目、家賃収入(非課税売上)0円、自販機収入(課税売上)1万円→課税売上割合100%。居住用賃貸マンションの消費税が全額控除方式で100%還付になります。
還付の返納を免れる(3年目の調整計算を回避する)
通常であれば1期目に課税売上割合100%で消費税還付を受けたとしても2期目以降は家賃収入(非課税売上)の発生で課税売上割合が著しく低下しますので3年目の調整計算で還付金を返納しなければならなくなります。
ですがこの3年目の調整計算はかなり脇が甘いものでした。適用要件が3年目が原則課税の場合に限定されているので3年目に免税事業者か簡易課税事業者になれば簡単に回避することが出来ました。かくして還付金の返納も免れることが出来ました。
平成22年度消費税改正(調整対象固定資産)
そこでこの自販機スキームを封じる為に消費税が改正されました。3年間免税事業者、簡易課税事業者になれないようにして3年目の調整計算を受けさせる内容になっています。
平成22年度改正
(要件)
・課税事業者選択後2年間に調整対象固定資産を取得
・資本金1千万円以上の法人設立後2年間に調整対象固定資産を取得
・原則課税で申告
(規制)
3年間原則課税強制(免税・簡易の適用制限)
この改正により3年目に免税事業者か簡易課税事業者になって3年目の調整計算を回避して還付金の返納を免れるということが出来なくなりました。
平成22年度改正に対する租税回避スキーム
ところが今度は平成22年度改正の要件に引っかからないように課税事業者のなり方を工夫するスキームが出てきました。
課税事業者になる(課税事業者のなり方を工夫する)
還付を受ける為に課税事業者になるのは同じですが、平成22年度改正の要件に引っかからないように課税事業者のなり方が工夫されました。
- 課税事業者を選択するのではなくもとから課税事業者
- 特定期間(前期半年)の課税売上高1千万円超で課税事業者
- 課税事業者選択後3年目以降
- 資本金1千万円以上の法人設立後3年目以降
上記の課税事業者なら3年間原則課税強制(免税・簡易の適用制限)がないので翌期に免税事業者、簡易課税事業者になれます。
還付を受ける(100%還付を受ける)
作為的に課税売上を作り全額控除方式を使うのは同じですが、金地金の売買で課税売上を作り出すスキームが出てきました。
還付の返納を免れる(3年目の調整計算を回避する)
平成22年度改正の要件に引っかからないように課税事業者のなり方を工夫することで、またしても免税事業者か簡易課税事業者になって3年目の調整計算を回避して還付金の返納を免れるという事が可能になりました。
平成28年度消費税改正(高額特定資産)
そこでこの課税事業者のなり方を工夫するスキームを封じる為に消費税が改正されました。
平成28年度改正
(要件)
原則課税の期間中に高額特定資産(注)を取得
(規制)
3年間原則課税強制(免税・簡易の適用制限)
(注)高額特定資産・・・税抜1,000万円以上の棚卸資産又は調整対象固定資産
この改正により課税事業者のなり方に関係なく網がかかり、3年目に免税事業者か簡易課税事業者になって3年目の調整計算を回避して還付金の返納を免れるということが出来なくなりました。
参考 棚卸資産の還付逃げにも網
平成28年度改正では「マンションの消費税還付」の他に「棚卸資産の消費税還付逃げ」にも網が掛けられました。
(例)販売用建物(棚卸資産)の建設に係る消費税50、販売に係る消費税100
- 本来
(当期)建設、販売、原則課税
・売上消費税100-仕入消費税50=納税50 - 販売を翌期にして簡易課税で申告すると
(当期)建設、原則課税
・売上消費税0-仕入消費税50=還付50
(翌期)販売、簡易課税
・売上消費税100-みなし仕入消費税100×70%(建設)=納税30
(トータル)還付20
※売上原価について既に50仕入税額控除を受けているにもかかわらず簡易課税で更に70控除を受け2重控除になっています。(簡易課税による2重控除スキーム) - 販売を翌々期にして免税事業者になると
(当期)建設、原則課税
・売上消費税0-仕入消費税50=還付50
(翌々期)販売、免税事業者
・売上消費税100→免税事業者の為納税なし
(トータル)還付50
※翌期に免税になると棚卸資産の調整で仕入税額控除が50減算され売上仕入のバランスが調整されますが、翌々期に免税になると棚卸資産の調整がきかず還付だけ受けて売上消費税の納税がない状態になります。
平成28年度改正でマンションと棚卸資産はともに網を掛けられましたが、それぞれの(租税回避)とそれに対する(改正の効果)は次のように異なります。
- マンション→(租税回避)非課税売上対応なので本来消費税還付(仕入税額控除)を受けられないのに還付を受け、免税・簡易課税を利用して3年目の調整計算による還付金の返納を免れている→(改正の効果)原則課税を強制することによって3年目の調整計算を受けさせ還付金を返納させる
- 棚卸資産→(租税回避)課税売上対応なので消費税還付(仕入税額控除)は受けられるが免税・簡易課税を利用して売上消費税の納税を少なくしている→(改正の効果)原則課税を強制することによって売上消費税を適正に納税させる
金地金スキーム
課税事業者になる
平成28年度改正で課税事業者のなり方に関係なく全ての課税事業者が対象になったので、ここでの工夫の余地はなくなりました。
還付を受ける為に課税事業者になっておきます。
還付を受ける(100%還付を受ける)
金地金の売買で作為的に課税売上を作り全額控除方式を使うのは同じです。
還付の返納を免れる(3年目の調整計算を回避する)
平成28年度改正で3年目の調整計算を回避する為に免税事業者か簡易課税事業者になるということは出来なくなりました。
そこで今度は3年目の調整計算が課税売上割合が著しく変動しなければ適用されないというところに目を付けました。金の売買で課税売上をキープして課税売上割合が著しく減少しないようにすることで3年目の調整計算を回避して還付金の返納を免れるという事が行われました。
令和2年度消費税改正(高額特定資産)
改正①居住用賃貸建物の取得等に係る消費税の仕入税額控除制度の適正化
居住用賃貸マンションに関する今までの租税回避スキームは全て3年目の調整計算を回避して還付金の返納を免れるというものでした。それに対する消費税の改正も3年目の調整計算を受けさせ還付金を返納させるという内容でした。ですが今回の改正は度重なる租税回避を受けて還付金自体をもとから受けさせないようにする内容に変わりました。
令和2年度改正①
(要件)
居住用賃貸建物(注)を取得
(規制)
・仕入税額控除の対象としない(仕入税額控除の制限)
・その後3年に課税賃貸・譲渡→3年目・譲渡年に仕入税額控除を加算調整
(注)居住用賃貸建物・・・住宅の貸付けの用に供しないことが明らかな建物以外の建物であって高額特定資産又は調整対象自己建設高額資産に該当するもの
居住用賃貸建物の仕入税額控除の制限と調整について詳しくは以下の記事をご覧ください。
消費税!居住用賃貸建物の仕入税額控除の制限調整
前回の調整対象固定資産の仕入税額控除の調整に引続き今回も仕入税額控除の調整について。 今回は令和2年度改正で新たに出来た居住用賃貸建物の仕入税額控除の制限と調整について解説します。 目次居住用賃貸建物 ...
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改正②高額特定資産である棚卸資産等について調整措置の適用を受けた場合の納税義務の免除の特例の制限
こちらはマンションとは別の棚卸資産に関する改正です。前回平成28年度改正は課税事業者が取得した高額特定資産が対象で、免税事業者が取得した高額特定資産は対象外でした。
ですが、仕入税額控除だけ受けて売上に係る消費税を納めない以下のケースがある為、免税事業者もカバーされることになりました。
(今期)免税事業者が高額特定資産である棚卸資産を取得→(翌期)課税事業者になって棚卸資産の調整計算で仕入税額控除を受ける→(翌々期)免税事業者になって棚卸資産売却、売上に係る消費税を納めない
令和2年度改正②
(要件)
高額特定資産である棚卸資産等について棚卸資産の調整措置(注)の適用を受けた場合
(規制)
3年間原則課税強制(免税・簡易の適用制限)
(注)棚卸資産の調整措置・・・免税事業者から課税事業者になる場合、免税事業者のときの期末棚卸資産に係る消費税を課税事業者になったとき仕入税額控除できる
棚卸資産の仕入税額控除の調整について詳しくは以下の記事をご覧ください。
棚卸資産の仕入税額控除の調整!免税⇔課税時注意
みなさん、免税事業者から課税事業者になるとき、逆に課税事業者から免税事業者になるときは棚卸資産の調整計算が必要なのをご存知ですか?控除できたのにしてなかったり、控除できないのにしていたり、と誤りが多い ...
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まとめ
いかがだったでしょうか?調整対象固定資産と高額特定資産に関する度重なる改正。頭を整理する意味で改正の背景も含めまとめておきました。ご活用ください。